スタートアップのピボットが失敗する理由!組織アイデンティティを無視するな

トライアンドエラーを高速に繰り返しながら、事業を成長させるリーンスタートアップの手法が広まって以降、「ピボットさえすれば生き残れる」という神話が起業家の間に浸透しました。

しかし実際のところ、すべてのピボットが成功しているわけではありません。むしろ、ピボットを行ったことで失敗が加速するケースもあります。

なぜピボットは失敗するのでしょうか。

ピボットの一般的な成功・失敗要因

まずは一般的に指摘されるピボットの成否の要因を整理してみましょう。

外部要因

  • 市場環境の変化:技術トレンドや消費者ニーズが想定以上に速く変わることで、新しいビジネスモデルが時代遅れになります。
  • 競合の動向:大手企業や俊敏なスタートアップが同じ市場に参入すると、差別化が難しくなります。
  • 資金調達環境:投資家が新しい方向性に納得しなければ、必要な資金を確保できず事業が停滞します。

内部要因

  • リソース不足:新しい方向性に必要な技術・人材・資金を揃えられないケースがあります。
  • チーム能力のミスマッチ:既存メンバーが新しい事業モデルに必要なスキルを持っていない場合、成長が止まってしまいます。
  • 戦略的不一致:創業者や経営陣の間で方向性が揺れると、組織全体の足並みが乱れます。

これらの要因は広く議論されてきましたが、注目されているのは主に「戦略」や「市場」といった外面的な要素です。

しかし、ピボットが失敗する理由には、こうした要因では説明しきれない部分も隠されています。

見落とされがちな「組織アイデンティティ」という視点

ピボットにおいてしばしば軽視されるのが、組織アイデンティティです。

組織アイデンティティとは、「我々は誰か」「どのような存在でありたいか」といった、組織が自分自身をどう定義するかに関わるものです。

スタートアップは創業者のビジョンやメンバーのスキル、投資家との関わりによって徐々に「自分たちはこういう会社だ」という自己認識を形成していきます。例えば「技術に強い会社」「顧客と伴走するパートナー」「デザインにこだわる集団」といった形です。

問題はピボットをするときに戦略や市場は変わっても、この「自分たちは誰か」という認識が変わりにくいことです。戦略を転換するのに組織のアイデンティティが追いつかなければ、方向転換そのものが形だけに終わってしまいます。

つまり、ピボットは単なる戦略の修正ではなく、組織にとっての「自己認識の再構築」でもあるのです。

ここを見落とすと外部環境に合ったビジネスモデルを描いても、内部がついてこずに失敗してしまいます。

研究事例から学ぶ:組織アイデンティティとピボットの関係

この視点を深く掘り下げたのが、フランスのトゥールーズ・ビジネススクールなどのチームによる研究です。この研究ではベルギーのとあるスタートアップを5年間にわたり追跡調査しています。

このスタートアップは、創業から倒産までの間に以下の2回の大きなピボットを経験しました。

  • 第1回ピボット(成功)
    ウェブ開発代理店から、モバイルプラットフォームへとピボット。
    このとき組織は「モバイル技術の専門家」というアイデンティティを形成し、役割の明確化や投資家の支援を得て事業が成長しました。
  • 第2回ピボット(失敗)
    モバイルプラットフォームから、モバイルアプリの提供へと再度ピボットを試みました。
    しかしメンバーの多くは「モバイル技術の専門家」という従来のアイデンティティに固執し、新しい役割(マーケティングやアプリ開発の知識)を受け入れられませんでした。投資家も従来モデルを支持し、新戦略への支援を渋ったため、最終的にピボットは停滞し会社は清算に至りました。

ピボット失敗のメカニズム

この事例から浮かび上がるのは、ピボットの失敗が「戦略ミス」だけで説明できないという点です。失敗の背景には「組織アイデンティティ」に関わる独特のメカニズムが存在しています。

役割の固定化のメリットとリスク

スタートアップが成長する初期段階では、役割の固定化は大きなメリットをもたらします。

専門性を持つ人材が自らの役割を明確に認識することで、業務効率が上がり、外部の投資家からの信頼も得やすくなります。

しかし同時に、この「役割の固定化」は柔軟性の喪失を招きます。特定のアイデンティティに強く根ざすことで、新しい役割や市場に適応する余地が狭まり、ピボットが難しくなるのです。

アイデンティティの残存

もう一つの重要な要素が「アイデンティティの残存」です。これは、過去に形成された組織の自己認識が、状況が変わっても消えずに残り続ける現象を指します。

今回のケースでは、「我々はモバイル技術の専門家だ」という認識が強く残ったため、アプリ事業への転換に必要な新しい役割やスキルを受け入れることができませんでした。

このように過去の成功体験が足かせとなり、ピボットの実行を妨げる場合があるのです。

ピボットを成功に導くためにどうすれば良いのか

それでは、スタートアップの経営者や投資家は、どのようにすればピボットを成功に近づけられるのでしょうか。

アイデンティティの再定義を伴うピボット

ピボットは単なる事業転換ではなく、組織として「自分たちは誰か」を再定義するプロセスでもあります。

例えば、テクノロジー企業から顧客志向型のサービス企業に転換する際には、提供する製品や市場を変えるだけでなく、「自分たちの存在意義は顧客体験にある」といった新しいアイデンティティを明確にすることが必要です。

戦略の変更に合わせて意識的に組織アイデンティティを見直すことで、メンバーは新しい方向性を自分ごととして捉えやすくなります。

組織メンバー間の認識調整

メンバーが従来の役割認識にとらわれたままでは、新しい方向性に適応できません。

技術者が「コードを書くことだけが自分の役割だ」と考え続けていれば、顧客インタビューやユーザーデータ分析を求められても抵抗が生じます。

経営者はビジョンを明確に示すとともに、社内ワークショップや定期的な対話の場を設け、「新しい自分たちの姿」を共有する努力を続けることが必要です。

投資家・ステークホルダーの理解

投資家やパートナーもまた、過去のアイデンティティに基づいて企業を評価している場合があります。

過去の強みを前提にした支援は、新しい方向性と食い違うこともあります。ピボットを支援してもらうためには、単に新しいビジネスモデルを説明するのではなく、「なぜアイデンティティを変える必要があるのか」「新しいアイデンティティによってどんな未来が開けるのか」を丁寧に伝えることが重要です。

こうした理解を得ることで、資金だけでなく信頼や人的リソースの支援も確保しやすくなります。

認知的リセットの重要性

最後に、過去の成功体験やアイデンティティに過度に依存しないことが大切です。

ときには「これまでの強みが、今後の足かせになる」可能性を認め、ゼロベースで存在意義を問い直す必要があります。

経営者自身が過去に固執しない姿勢を示すことで、メンバーも柔軟に新しい挑戦を受け入れやすくなります。

ピボットとは過去を否定するのではなく、過去から学びつつ未来に合わせて自己を更新する「認知的リセット」なのです。

ピボットは戦略だけではなく「自己認識の変革」である

スタートアップにとってピボットは、生き残りのための重要な戦略的手段です。

しかし、ピボットの成否は戦略や市場環境だけでは決まりません。

組織が自らをどう定義し、変化に応じてそのアイデンティティを再構築できるかが、成功と失敗を分ける大きな分岐点となるのです。

「役割の固定化」は、スタートアップが成長するために必要な安定基盤を提供しますが、同時に柔軟性を失わせるリスクを伴います。

また、「アイデンティティの残存」は過去の成功体験を支えつつも、新しい方向性への移行を妨げる要因になり得ます。

経営者にとって重要なのは、ピボットを単なる戦略の切り替えと捉えるのではなく、組織の「自己認識」を問い直すプロセスとして扱うことです。

メンバーや投資家を含むステークホルダー全体が、新しいアイデンティティを共有できるように導くことが、ピボットを成功に導く鍵なのです。

ピボットとは「事業の変革」であると同時に「組織の自己変革」でもあります。その両輪が噛み合ったとき、スタートアップは不確実な環境を乗り越え、持続的な成長を実現できるのです。

参考文献:Snihur, Y., & Clarysse, B. (2021). Sowing the seeds of failure: Organizational identity dynamics in new venture pivoting.