起業家の情熱が伝染して社員の創造性と努力を引き出すメカニズム

現代の企業では、従業員のモチベーションをどう維持するかが重要なテーマになっています。

日々の業務が単調になったり、成果がすぐに見えにくい環境では、社員は惰性的に仕事をこなすだけになりがちです。

そうなると、主体的に課題を発見して解決する力や、新しいアイデアを生み出す力が弱まり、組織の成長にも悪影響が及びます。

加えて、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代と呼ばれる現代では、予測不能な変化に対応するために社員一人ひとりの創造性と柔軟性がますます求められています。

イノベーションを起こすためには、現場レベルでの積極的な関与が不可欠です。

従来、企業はインセンティブ制度や評価制度の工夫によって従業員のモチベーションを高めようとしてきました。

しかし金銭的報酬や外部からの評価だけでは、必ずしも創造性や主体性を引き出せるとは限りません。

そこで注目すべきは、リーダー自身が持つ「情熱」です。

「情熱は伝わる」という視点

人間は他者の感情に強く影響される存在です。

心理学の研究でも「感情伝染」という現象が確認されており、笑顔や熱意は自然に周囲に広がりやすいことが知られています。

職場でも同じことが起こり、リーダーの態度や感情表現が、無意識のうちに社員の気持ちに影響を与えるのです。

リーダーシップ研究でも、カリスマ的なリーダーが部下のモチベーションを高めることが繰り返し指摘されています。

その根底にあるのは「情熱が伝わる力」だといえます。

とくに起業家は、企業のビジョンや方向性を自ら描き、組織を牽引する立場にあります。そのため、起業家自身の熱意が社員に強く作用するのです。

とはいえ、情熱がただ強ければ良いというわけではありません。その伝わり方や受け止め方には仕組みがあり、場合によっては効果が弱まったり逆効果になったりする可能性もあります。

起業家の情熱がメンバーに伝わるプロセス

起業家の情熱が社員にどのように伝わり、どのような成果をもたらすのかを明らかにしたシンガポール国立大学のシルビア・ヒューブナー博士らの研究があります。

この研究では127社の起業家と社員を対象に聞き取り調査を行っています。

起業家にはどの程度ビジネスに情熱を感じているかを尋ねました。たとえば新しい製品を生み出すことや、会社の発展に関する情熱などを確かめたのです。

そして社員には起業家の情熱をどのように認識しているか、そして自分自身がどの程度情熱を感じているかを尋ねました。また、「この会社に所属していたい」「会社に貢献したい」という気持ちの強さについても測定しました。

情熱が伝わる2つの経路

研究の結果、起業家の情熱が伝わる経路は2つあることが分かりました。

ひとつは直感的な経路、もうひとつは論理的な経路です。それぞれの仕組みは次のように説明されます。

1.直感的な経路

人は他者の感情を無意識のうちに模倣する傾向を持っています。これを「感情伝染」と呼びます。

起業家が熱のこもった声で話したり、目を輝かせて表情豊かに語ったりすると、社員はそれを知らず知らずのうちに「感じ取る」ことになります。

声のトーンやリズム、身体の動きは、相手に直接的な情熱のシグナルとして働き、社員の心を高揚させます。こうした過程はほとんど意識に上らず、直感的に起こるため、即効性があるのが特徴です。

2.論理的な経路

次に論理的な経路です。これは「なぜ自分がこの事業をしているのか」「この仕事にはどんな社会的意義があるのか」といったアイデンティティや信念を言葉で伝えることを意味します。

従業員はその語りを聞くことで、「この仕事には大きな意味がある」「自分もその一員として関わる価値がある」と納得します。この経路は熟慮的な思考を通じて働くため、即効性は感情表現に比べると弱いものの、より持続的で深いモチベーションを生みやすいのが特徴です。

つまり、前者は「心を揺さぶる力」、後者は「理性を納得させる力」と表現することができます。両方が組み合わさることで、社員は感情的にも理性的にもリーダーの情熱を共有しやすくなりますが、研究では同時に強調しすぎると効果がかえって弱まるという点も指摘されています。

情熱的と認識すると社員の創造性が高まる

この研究では、創造性への影響を確認する実験も行っています。300人以上の参加者に起業家(を演じている俳優)のビデオメッセージを見せ、そのビジネスに関するマーケティングのアイデアを考えさせました。

このとき見せられるビデオは参加者ごとに異なっており、情熱的に話したり、アイデンティティを強調(=なぜ自分がこのビジネスを行うかという意義などを説明)したりするパターンが見せられました。

結果、情熱的なビデオを見て「この起業家は情熱的だ」と感じた参加者がもっとも課題に熱心に取り組み、創造性の高いアイデアを生み出すことが分かりました。

アイデンティティについて語ることはそれほど高い効果は示されませんでした。また情熱的にアイデンティティを強調すると逆効果となることも分かりました。

鬱陶しいと思われてしまうことが原因のようです。

情熱を押しつけずに実践する工夫

起業家の情熱が社員に伝わり、努力や創造性を引き出すことが明らかになった以上、それをどのように実務に取り入れるかが重要です。研究の知見を踏まえると、以下のような実践ポイントが考えられます。

効果的な情熱の伝え方

  • 感情的な表現を惜しまない
    声のトーンや表情、身振り手振りで「本気で取り組んでいる」という熱意を示すことは、社員に直感的な影響を与えます。
  • ビジョンやアイデンティティを語る
    「なぜこの事業をするのか」「社会にどんな意味があるのか」を繰り返し伝えることで、社員は論理的に納得し、情熱を共有しやすくなります。

バランスに注意する

感情的な表現と論理的な説明は両立させることが望ましいですが、同時に強調しすぎると逆効果になる可能性があります。

たとえば、過度に情熱的なプレゼンと長々とした理念の説明を同時に行うと、社員は「押しつけ」と感じることがあります。場面に応じて重点を変えることが効果的です。

従業員の特性を見極める

すでに高い情熱を持っている社員に対しては、熱意の伝染効果は限定的です。その場合は、新しい挑戦の機会を与えるなど別の方法でモチベーションを高める方が有効です。

一方で、情熱が低めの社員にはリーダーの情熱的な関わりが特に強い効果をもたらします。

実践例

  • 全社会議でビジョンを熱く語る
  • 1on1で社員の意欲に応じた働きかけを行う
  • 社内イベントで自らの思いを率直にシェアする

こうした日常的な取り組みが、情熱の伝播を組織文化として根付かせる第一歩となります。

情熱は「空気感染」する経営資源

情熱は目に見えないものですが、職場では確実に「空気感染」します。

起業家がどのような表情で語り、どんな言葉を選ぶかによって、オフィス全体の空気は変わります。トップが本気で取り組んでいる姿は、そのままチームの熱量に直結するのです。

研究が示すように、情熱はただ伝わるだけでなく、社員の努力や創造性を引き出す触媒となります。

しかし、それは常に万能ではなく「伝え方」と「受け手の状態」によって効果が変わります。だからこそ、起業は「情熱を持つこと」以上に「情熱をどう届けるか」にも注意する必要があります。

そして忘れてはならないのは、情熱は一方通行ではないということです。起業家の熱意が社員に伝わり、社員の挑戦がまた起業家を奮い立たせる。この双方向の循環が生まれるとき、組織は単なる集団を超えて「生きた有機体」のように進化し続けるのです。

参考文献:Hubner, S., Baum, M., & Frese, M. (2019). Contagion of Entrepreneurial Passion: Effects on Employee Outcomes.